くるみわりにんぎょう

ホフマンのくるみ割り人形のなぞ(その2)

私が小学5年の夏、11歳の誕生日に、ちょっとした考え方の違いから、クラスの人気者たちを敵に回してしまいました。それから半年の間、小5なりの苦悩の日が続きます。

そんなある秋の日、父親が、知り合いの鉄工場から子ども向けの文学全集をもらってきてくれました。
リヤカーをいっぱいにして。

私はその分厚い本を手放すことなく、どこにでも持って行きました。
バス遠足のときも、話す人がいなくて、リュックから出した本を読んでいると、担任から 「おい、みんな、ここに辞書を読んでいる奴がいるぞ!」と大声でからかわれたほど。

しかし、悪夢のような半年の間に、私が学校に行かなかった日数は、たったの9日でした。

その文学全集にあった夢のあるたくさんの物語は、現実の痛みを忘れさせてくれる、頭痛薬のような効き目がありました。

なかでも『くるみ割り人形とねずみの王様』の中の、夢の世界と現実の世界を行き来させる仕掛けは、アルコール中毒を引き起こしたくらいの強烈な感覚に、子どもたちを引きずりこみます。

ぐいぐいとその仕組みの中に巻き込みつづけるドロッセルマイヤー叔父さん、つまり作者のホフマン本人に、心の底から憧れました。自分の夢は、「ドロッセルマイヤー叔父さん」になることでした。

ホフマンが、読者を夢の世界に引きこむスイッチは。催眠術師が催眠術を掛けるときに指をパチンと鳴らすような、なにげない所にあります。

クルミをかみ割るのが得意なドロッセルマイヤー青年が、みんなにクルミを割ってあげるシーンがあります。まず、クルミを歯の間にはさみ、次に『頭の後ろの三つ編み』を引く。なぜ彼には三つ編みがあるのか?

インターネットがあれば、ドイツ製の有名な『くるみ割り人形』について知識を得ることはできるでしょう。

しかし、私の中で「くるみ割り人形」は、本場ドイツとは違う発達の仕方をしました。

無事に中学生になり、設計図が完成します。
8つはなれた妹は、そのノートを見てはやし立てました。
「お兄ちゃんの顔にそっくり」
そのころは実物を作る技術がなく、その図は大事にしまっておきました。

長い年月が経ちました。
娘と一緒に見た映画の中の、さえない人物の名前に、なぜか涙が出てきました。
『ドロッセルマイヤー叔父さん』

すっかり、忘れていました。

中学時代からは、すでに20回以上の引っ越しをしているので、ノートは紛失しています。
しかし、仕組みは鮮明に覚えていたはず・・・ですが・・・、大昔、妹に「お兄ちゃんの顔にそっくり!」と言われたときのような、人間っぽい顔になりませんでした。

RSコンポーネンツから無償で提供されている「DesignSpark-Mechanical」という3次元CADソフトで再現してみました。
口の中にクルミをほおばって三つ編みを引くと、「かりん」、クルミが割れる仕組みです。

赤いボールのついたひもを下に引くとおおぎ型のクランク状のテコを引き下げ、クランクについた突起があごのテコを押し下げて、クルミを割ります。

ひもをxだけ引くと、最初の黄緑のてこは a:b=2:1になっているので、2倍。二段目の青いテコはc:d=5:1なので5倍。合わせて10倍の力が出ます。下の動画は3つの絵を並べてみたものです。

ためしに、5歳だった娘にやってもらいましたが、割れませんでした。5歳の子の力では、10倍にして加えても、割れない。そこで、倍率を挙げる方法を考えました。

頭の後ろの「おさげ髪」をxだけ引くと、A:B=3:1の輪軸で3倍になり、動滑車でc:d=2:1となってさらに2倍、最後にあごの部分のテコはe:f=4:1で4倍。合わせると、3×2×4=24倍。倍率はもっと上げられますが、ひもを引く長さがとんでもないことになります。

これを娘に渡したところ、今度は気に行ってくれたようで、シールをぺたぺたと貼りだして、完全に自分の物にしてしまいました。